(出典: aoieau)
たとえば店をやっていると、毎日沢山の客がくる。でもみんながみんな僕のやっている店を気に入るわけではない。というか、気に入る人はむしろ少数派である。
でも不思議なもので、たとえ十人のうちの一人か二人しかあなたの店を気に入らなかったとしても、その一人か二人があなたのやっていることを本当に気に入ってくれたなら、そして「もう一度この店に来よう」と思ってくれたなら、店というものはそれでけっこううまく成り立っていくものなのだ。
十人のうちの八、九人が「まあ悪くはないな」と思うよりは、大部分の人が気に入らなくても、十人のうち一人か二人が本当に気に入ってくれるほうがかえってよい結果をもたらす場合だってある。僕はそういうことを、店をやっているあいだに肌身にしみて覚えた。本当に骨を削るみたいにしてそれを覚えた。
だから今でも、自分の書いたものが多くの人にボロクソに言われても、十人のうち一人か二人に自分の思いがすぱっと届いていればそれでいいと強固に、一種の生活感覚として信じることができる。そのような経験は僕にとってはかけがえのない財産になった。こういう経験がなかったら、小説家として生きていくことばもっとずっとハードだっただろうし、あるいはあれやこれや自分本来のペースを崩されていたかもしれない。
というような話を一度村上龍としていたら、「ハルキさんすげえなあ、俺なんか十人のうち十人がいいって言わないとア夕マくるもんなあ」と言って感心していた。こういうのはたしかに村上龍らしいというか・・・僕の方が逆に感心してしまう。
"「やがて哀しき外国語」 村上春樹 講談社 (via boooook) (via suyhnc) (via dannnao) (via nagas)
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からっぽな人生を生きてきた |考える生き方 空しさを希望に変えるために|ダイヤモンド・オンライン (via mayumiura)
(元記事: diamond.jp (gallianoから))
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I guess that at some point we all think we have what it takes to go about and reach that dreamlike goal of becoming a successful travel photographer. Heck… forget about successful, I’ll settle for travel photographer just as it is. Unfortunately for most of us, it never goes beyond a couple of lucky shots from our latest vacations.
Then comes someone like Lukas Kozmus to rock that boat and bring a spark of hopefulness, remembering that the dream is still very much alive.
『忙しい人』と『仕事ができる人』の20の違い - モチベーションは楽しさ創造から (via swwwitch)
(元記事: el-j-clipping (gallianoから))
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フランスの詩人アンドレ・ブルトンがニューヨークに住んでいたとき、いつも通る街角に黒メガネの物乞いがいて、首に下げた札には
私は目が見えません
と書いてありました。彼の前には施し用のアルミのお椀が置いてあるのですが、通行人はみんな素通り、お椀にコインはいつもほとんど入っていません。ある日、ブルトンはその下げ札の言葉を変えてみたらどうか、と話しかけました。物乞いは「旦那のご随意に」。ブルトンは新しい言葉を書きました。
それからというもの、お椀にコインの雨が降りそそぎ、通行人たちは同情の言葉をかけていくようになりました。物乞いにもコインの音や優しい声が聞こえます。数日後、物乞いは「旦那、なんと書いてくださったのですか」。
下げ札にはこう書いてあったそうです。
春はまもなくやってきます。
でも、私はそれを見ることができません。
誰が見てもうらぶれた物乞いです。黒メガネをかけているのだから盲人であることも分かります。「私は目が見えません」は言葉の意味をなしていないのです。
アンドレ・ブルトンの言葉のほうには、訴えるものがあり、憐れみを乞う力があり、人に行動を促す力、もっとえげつなく言えば集金能力がありました。目的はそれだったのです。読んでもらって、施しの気持ちを起こさせ、施しをいただくこと。
目的を果たしてこそ、言葉です。
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クリスマスはまもなくやってきます。
でも、私はそれを楽しむことができません。
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WORKS for CITIZEN, 2013

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